読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ケルクショーズ・イリヤ(Quelques Choses - il y a)

らららぎの思想の河床。記事まとめ▶ http://chatte.hatenablog.jp/entry/2017/03/05/011325

森達也『いのちの食べかた』

この法律で「と畜場」とは、食用に供する目的で獣畜をとさつし、又は解体するために設置された施設をいう。
――「と畜場法」第三条2項 

 つい先日、友人ふたりと品川で撮影練習をしていて、南口を歩いているとき「ここ祭りのとき入れるんですよ。それでお肉もらえるんですよ」とか言われて、なにかと思ったら東京都中央卸売市場食肉市場(芝浦屠場)だった。
 かわいい子がさらっとディープな情報を持ち出してくるとギャップ萌えでしんどいわけだが、それでお肉もらえるんですよ、というなんの種類の情報提供なのかわからないまま、ぼくが「解体ほやほや」みたいなろくでもないことを言って、おおきく滑ってトピックエンド。

芝浦と場は東京都の直営だ。東京都の人口は現在一二四五万人。膨大な数だ。その一二〇〇万人が毎日食べるカレーやラーメンやハンバーグやすき焼きやマーボー豆腐や豚カツなどの料理のために必要な肉は、ほとんどこの芝浦と場に運ばれた牛や豚から作られる。ここで牛や豚の解体作業を仕事とする人の数は二三五人。全員が東京都の公務員だ。ただし芝浦と場で働く人は、彼らだけではない。解体された豚や牛の内臓を、僕たちが食べるための下準備として切ったり洗ったりする人や、靴や鞄の材料となる皮をなめすために塩漬けの処理をする人など、ほかにも大勢の人たちが働いている。総勢で二〇〇〇人。早朝から夕方まで、僕らの食卓や生活には欠かせない肉を、彼らが加工してくれるのだ。p.42-43

 頭があがらないとはこのことか、それにしても知るのが遅すぎた。二千人ものひとが働いていたのか…。以前に【"game"=肉(?) 『バイオハザード5』と「いのち」――自然のなかで交換不可能になってゆく自己】という記事で肉について語ったが、まだまだ基本的なことを知らない。

苦痛を与えない。生きたまま血を抜く。この二つの問題を、と場ではどうやって解決しているのだろう?(…)体を洗われた牛は、一頭がやっと通れるだけの幅の通路に追い込まれ、先頭の牛からノッキングを受ける。(…)眉間を撃たれると同時に脳震盪を起こした牛は硬直し、次の瞬間、通路の側面の鉄板が開かれ、段差にすれば1.5メートル下の床にまで、牛は四肢をこわばらせたまま傾斜を滑り落ちる。(…)待ち構えていた数人の男たちが牛を取り囲む。頭に回った一人が、眉間に開けられた穴から金属製のワイヤーを素早く差し込む。1メートルほどの長さのワイヤーが、あっというまに牛の身体に吸い込まれて見えなくなる。差し込まれたワイヤーは脊髄を破壊する。つまり全身が麻痺するわけだ。(…)ほぼ同じタイミングでもう一人が、首の下をナイフでざっくりと切る。切断された頸動脈から大量の血がほとばしる。天井に取り付けられたトロリーコンベアから下がる鎖に片足をひっかけて、牛は逆さまに吊りあげられる。(…)次に頭を落とされ、さらに前脚まえあしを切断され、後脚も落とされる。(…)胴体だけになった牛は、次に皮剥き機で皮を剥がされる。大きなローラーのような機械にナイフで少しだけ切った皮の端をひっかけて、ゆっくりと巻き取られるのだ。皮はきれいに剥がれ、薄い脂肪の膜に包まれた肉塊が静かに揺れている。(…)職人が、腹にナイフを入れる。同時に内臓が、もうもうと白い湯気を立てながら一気にこぼれ落ち、真下のスチール製のシュートにどさりと落ちて、あっというまに下の階へと滑り落ちゆく。(…)次に「背割せわり」といって、背骨に沿って縦に二つに割られる。使う道具は、専用の電動ノコギリだ。p.50-55 *「体」と「身体」の表記ゆれ原文ママ

  森さんは「実際に観に行くこと」をすすめるが、ことばで情報を得ることにも独特の意味がある。ことばは記憶と結ばれているから、こういう記述を読んだほうが長くじわじわ心に残るものだ。
 最後に伊丹万作の『だまされることの責任』が引用される(p.109-111)。あえて孫引きせず、みなさんのためにとっておこう。差別や戦争と「肉を食べること」をつなげ、わかりやすく、大事なことを何度も強調しながら鼻につくようなことをひとつも語らず書き通した森さんも、すごいかただ。

難しいことじゃない。目をそらさなければ、いろんなものが見えてくる。そしていろんなものが見えるから、知ることもできる。そうすればきっと、部落差別はもちろん、世界中から差別なんて、いつかはなくなると僕は信じている。悲惨な戦争だって、いつかはきっとなくなる。そのときに僕たちは、きっと顔を見合わせてつぶやくだろう。不思議だなあ。どうしてあんな、バカバカしい時代があったのだろうって。p.120

-------------------------------------------------
株式会社 理論社「中学生以上すべての人の よりみちパン!セ 03」
装画・挿画:100%ORANGE/及川賢治
ブックデザイン:祖父江慎+cozfish
発行者:下向実
本文組版:デザインハウス・クー
本文印刷:加藤文明社
カバー・表紙印刷:方英社
製本:小泉製本
シリーズ企画・編集:清水檀+坂本裕美