ケルクショーズ・イリヤ(Quelques Choses - il y a)

らららぎの思想の河床。記事まとめ▶ http://chatte.hatenablog.jp/entry/2017/03/05/011325

「ともにある」はそんなに悪い和訳だろうか

記者発表は、日米首脳が滞在する米南部フロリダ州パームビーチの高級リゾートクラブ「マールアラーゴ」で午後10時38分(日本時間12日午後0時38分)に始まった。天井に豪華なシャンデリアが飾られた一室には、急きょ呼ばれた日米の記者約20人が詰め掛けた。 安倍氏から発言を促されると、トランプ氏は「私が皆さんに完全に理解してもらいたいことは、米国が偉大な同盟国の日本を100パーセント支持するということだ」と一息に言い、記者団の質問には答えず、安倍氏の背中に手を置きながら退出した。
――パームビーチ共同「100%日本支持」

両首脳はフロリダ時間の11日午後10時半(日本時間12日午後0時半)すぎから共同で記者発表した。首相は「北朝鮮は(弾道ミサイル技術の利用を禁じた)国連決議を完全に順守すべきだ」と力説。トランプ氏は続いてマイクの前に立ち、手ぶりを交えて「米国は偉大な同盟国、日本と100%ともにある」と語った。
――日経、「北朝鮮、「新型ミサイル成功」 日米会談に合わせ発射 」ソウル=山田健一、パームビーチ(米フロリダ州)=永沢毅

 この「100パーセント支持する――100%ともにある/The U.S. stands behind Japan 100%」という訳が物議をかもしている。まず12日の「支持する」は、そんな積極的な意味合いではないという指摘がある。原文の「behind」が気になるようで、もちろん前置詞は関係語だから政治的発言として考えれば気になるところだろう。

7. If something or someone is behind you, they support you and help you.――Cobuild Online Dictionary "behind"(preposition)

 もちろんそれはことばの見かけのニュアンスの話で、「behind」だろうとなんだろうと「support and help」に変わりはない。『直訳すると後ろ盾ってことだ!』と騒いでいるひともいるが、直訳すれば「(日本のやりたいこと・守りたいものを同盟国として出来る範囲で)支え助ける状態にある」ということになるので、訳語は「後押し」でも「支持」でも「ともにある」でも構わないだろう。
 まあ日米関係に敏感なひとたちは、「stand with」とか「stand for」とか「stand by/stand side-by-side」とか「stand shoulder to shoulder」もあったんじゃあないかと懸念するわけで、それもわからなくもない。米国におむつの世話までしてほしい気持ちもわかる。
 ただ言葉尻だけを追いかけても、翻訳は完成しない。コンテクストだってある。

・そもそも共同声明ではなく、安倍首相の会見
・首相に発言を求められ、17秒、一息で(!)言い切ったことば
・「I just want everybody to understand and fully know that the United States of America stands behind Japan, its great ally, 100 percent.」
・(米国における北朝鮮の「脅威」は軽視されているので、防衛感覚・危機感覚がまったくちがう→日本の報道に気を遣っている?)
・「みなさんに理解してほしいこと、絶対に知っておいてほしいことはですね」なんていう建て前オーラの強い前置きはめったにしない
・「記者団の質問には答えず、安倍氏の背中に手を置きながら退出した」とあるように、保護者感ばりばり(?)

 と、まあ、反論するのに都合のいいコンテクストを並べてみたが、的外れではないだろう。トランプ大統領の会見だったら、例のゴーストライターと相談して、もうすこし洗練されたことを簡潔に述べると予想できる。せっかくの週末デートに対して北朝鮮が放った「祝砲」に関してしごく面倒くさかったのだろうし、米国メディアも「no thread / show of force」(ロイター)とあきれ気味で、いまに戦争が始まるというテンションで騒いでいるのは日本のメディアだけである(まあ緊迫せざるをえないだろうが、深刻であることと、深刻がることと、深刻ぶることはそれぞれ大きく異なる)
 細かいコンテクストを見てから訳すと、「ともにある」でも悪くない印象がある。もちろんひとによっては「ともにいる」ということばのほうが消極的だったり、「庇護する」だったら胡散臭かったり、「後ろで保証する」だったら他人事だったりと、言い出したらきりがない。この発言は「米国が日本と北朝鮮に対して具体的になにをどうする」というものではない。「後ろにいるからな」と言っていたひとが(庇護欲を抑えきれず)たまらず前に出てくることだってありうる。ほんとうに後ろにいたいだけなら、そういう取り決めをちゃんとするだけの知性はある。
 むしろ首脳会談では、沖縄・尖閣日米安保条約5条が適用されると正式に確認し、文書に明記した(written in document)。大事なことは文書にしているし、それでいいと思う。ちょっとした公式と非公式のあわいにある発言のお尻だけ取り出してセクハラするようなニュースの見かた、あるいは訳語の決めかたにはリスキーなところがある。トランプ大統領は、前大統領のことを「アジアでほとんどなにも仕事できなかった(poor job)」と攻撃していたぐらいだし、「日米がアジアをリードする」という首相の価値観とおおむね一致している。
 もちろんぼくの考えも楽観的なので批判もあろうが、言うほど悪くない訳だとぼくは思う。