ケルクショーズ・イリヤ(Quelques Choses - il y a)

らららぎの思想の河床。記事まとめ▶ http://chatte.hatenablog.jp/entry/2017/03/05/011325

九井諒子『竜の学校は山の上』・表題作

 丸井諒子さん…じゃなくて九井諒子さん。間違い探しみたいだ。初期作品集の本作には、読み切りの漫画が九編ほど収録されている。そのうちの一作である『ダンジョン飯』という読み切りは「会話が音ゲー」と評判で、いままさに続編が出ているらしい(つまり読み切りではなくなっているらしい)
 表題作『竜の学校は山の上』のログラインは、「とある大学の竜学部に入学した学生が、竜研究会の部長の思想に感化される話」だろうか。
 ストーリーを追いながら、感想を書き加えてゆく。

(東・主人公、香野橋・部長、宮島・中心的な位置にいる部員)
宮島「改めて問いたい! 皆さんがそうまでしてこの大学を選んだ理由は何ですか やはり日本唯一の『竜学部』があることに惹かれたのではないでしょうか 皆さんは竜がお好きですか?」
「竜研究会…」
宮島「ならばこの問題について一度考えてみて欲しい 部長一言」
香野橋「えー簡潔に申し上げますと 残念ながら現在の日本に竜の需要は全くありません ゲームの世界ではないので 従って! 皆さんの就職先はありません」

 このアジテーションアジビラにつられて、もともと竜に興味のあった主人公・東(あずま)が竜研究会を訪ねるところから物語が始まる。
 竜研究会では、保護を目的とした竜の利用価値を見つけるために、食用・愛玩用・労役用・広告用などの道を初歩的に模索するが――設立したばかりなのかと思ってしまうほど入門的なアイデアしか出ないのでリアリティには欠けるが――、どれも現代社会で食い扶持を稼げるようなものではないと落胆する。そんなある日、東は、宮島に問う。

「宮島さんも 部長の思想に共感してここにいるんですか?」
宮島「…三年程前 あの人の書いた論文を読んでね」
「へえ? どうせまた無茶苦茶な…」
宮島「日本に生息する竜は約三百種類 その多くが絶滅危惧種に指定されている 保護は税金によって行われているが その必要性には疑問の声も高く年々予算は減少傾向にある… 『竜の魅力』を伝える研究が流行った頃に書かれたその論文は 竜の保護による利益と損失 古今東西 ありとあらゆる統計を並べ 調査を行い 最終的には『現代日本に竜は必要ない』という結論で終わっていた その界隈からはひどく叩かれたらしいな あの人がやりたかったのは竜の排除ではなく そこからの竜学の発展だったがそれは伝わらなかったわけだ 以来 一人で持論と戦う羽目になったあの人が それを覆す瞬間を俺は見たいんだよ

 統計を渉猟するのもよいのだが、「他の保護されている動物がなぜ保護されているのか」を洗い出してからアイデアを考えるべきだろう。すくなくとも、排除されるような《異質さ》を有しているのであれば、まずはそれを払拭するところから始めなければならない。
 合衆国におけるイルカ、日本におけるイヌやハトのように、その動物にまつわる感動的・道徳的な物語を、何度も何度も繰り返して、マンネリズムの渦中でDNAに刷り込まなくてはならない。竜の物語に共感する人物が増えれば増えるほど、竜は保護しやすくなってくる。問題を深刻にしているのは社会ではなく、アイデアを欠いた対峙者である。
 もちろん部長がこだわっているのは――こだわっている場合ではないと思うが――、社会において竜がかけがえないものとして役に立つことであり、それを学術的に根拠づけることだろう。物語が共感されて保護が間に合うことも大事だが、そうではなくて、確かな根拠で竜が役に立つと思われることを目指している。そのバックグラウンドが書かれていないので物語としては物足りない。
 東は「保護する理由が具体的にひとつも言えない」ことを菅野――ドライな部長のドライさを際立たせる感情論を吐く女子部員――に相談する。竜(よし子)の飛行訓練で美しくフライトする部長のもとに行き、「竜なんか役に立たないから大切にする意味はない」という命題にどう反論するか問う。

香野橋「世の中にはな――ふたつのものしかない 役に立つものと これから役に立つかもしれないものだっ なくしてしまったものを あれは役に立たなかったってことは言えるけど それは所詮 キツネの葡萄 だから簡単に捨てちゃいけないんだ でも役に立たないと諦めたら それでは捨ててしまうのと何も変わらないだろ 私は自分のやることに自信を持ってるつもりだよ」

 社会が叩きつけてくる価値観を真っ二つにして、新たに問い直す(「役に立つか立たないかではなく、役に立つかこれから役に立つ可能性があるかだ」)。この回答に菅野まで目の色を変えて部長についてゆくわけだが、アイデアを欠いた孤高の情熱に惹かれる学部生という感じがしてリアルな気もする。
 ぼくなんかはセコい人間だから、かの「竜の魅力を伝えるのが流行っていた頃」に、利益と損失の論文なんかやってないで、「竜学部」の「竜研究会部長」として、もっと竜のキャンペーンをやっていけばよかったのではないかと思ってしまう。
 最悪の結論が出た論文を隠そうとせず、しっかり発表するほど真面目な部長の人柄に感情移入できるところもあるが、なぜその優先順位なのかいまいち理解できない。《異質なもの》の居場所を愛の力によって見つけてやろうとする物語だとすれば、手段は二の次になってもいいはずだろう。
 東も菅野も、本当にこれでいいのかという自問自答をしない。「あ、かっこいい、ついていきます」みたいな感じで、ちょっと頼りない。全体を通して保護問題を語ったのに、最後にこれじゃあ作品のテーマが救われない気がする。「新たな価値」にこだわりすぎていて、「新たな価値を見つけること」を熱望しすぎていて、目的自体を忘れてしまっているのではないかとさえ思えてくる。
 彼らが最初に問うた「竜は好きか」という初歩的な問いを、もう一度、じぶんたちに問うてもよいのではないかと思う。研究することも大事だし、反駁することも大事。役に立つ証拠を突きつけることも大事だし、新しい価値を見出してあげるのも大事だし、堂々と論文に書けるような手段を選ぶことも大事なんだろうけれど、もっと泥臭い手口だってあるし、もっとセコいやりかただってある。学生の身分だから視野狭窄になるのかもしれないが、学生の身分だからこそ目的のためにもっとじぶんを汚してもよいのではないか、ということを考えさせられた熱い作品だった。(どんな作家さんも初期作品というのは尋常ではない熱を帯びていて、読んでいて感化されて、興奮してきて、それは本当に本当に素晴らしいことなんだと思う)
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株式会社イースト・プレス
初出:「西には竜がいた」(WEBサイト)
装幀:新上ヒロシ(NARTI;S)
本文DTP:臼井彩穂(イースト・プレス
編集:石井麗
発行人:堅田浩二
印刷:中央製版印刷株式会社
※他八編(『ダンジョン飯』など)収録、あとがきの漫画が最高だった