読書猿『アイデア大全』――知的で当然という殴り掛けに応じること

 受験生のときだったか、くるぶしさんのブログを知って、よく熱心に読んでいたのが本当に懐かしい。そんなノスタルヂアを刺激する著者名――「読書猿」――に賭け、本当に1,700円の価値もあるのか値踏みすることもなく、購入に踏み切った。

イデアを生む方法(発想技法)の多くは、あえて間違えて考える方法であると、言ってもいいかもしれません。すべてが成功する訳ではありませんが、あえて間違えるからこそ、今までにない考えを生むことができます。そうして生み出されるアイデアのほとんどは、どうしようもないクズですが、それは生み出した人がクズということではありません。よいアイデアを出してこれる人は、よいアイデアが出るまで数多くのクズのアイデアを出し続けているのです。アイデアに苦手意識がある人を励まし、背中を押せる本になっていればいいな、と思っています。あともうひとつ、イデア本を今までちょっと馬鹿にしていた人にも、読んでもらいたいと思っています。考えを吟味しようにも、まず考えを得ないことには(着想なしには)吟味しようがないように、発想法は元々〈考え始める〉ことの技術であり、あらゆる知的営為の原点にあたるものです。原点であるからこそ、発想法の影響や発想法に類似するものは、知的営為のあらゆるところに見出すことができます。
――読書猿 Classic: between / beyond readers「読書猿名義で『アイデア大全』という本を書きました。1月21日書店に並びます。

 ふだんからバリバリ考えているひと(なにかの方法で考え始めているひと)にとって、この本の扱いはきわめてむずかしいだろう。
 もちろん良書力作であることは大前提として、それでも本文だけ見ると、人文書としては物足りないし、「大全」(まとめ)としてはやや煩雑としている。座右の書にするにはサイズも微妙だし、色も黄色くて疲れる。そういう悩みを抱えるひとは、読書猿フォロワーに数多いのではないかと思う。
 しかし、全体を見渡していると、そういうひとにも救いがあることに気づいた――目次を見よ。

 

第I部 0から1へ
 第 1 章 自分に尋ねる
  01 バグリスト Bug Listing
   …不愉快は汲めど尽きぬ発想の泉
  02 フォーカシング Focusing
   …言葉にならないものを言語化する汎用技術
  03 TAE のマイセンテンスシート Thinking at the Edge My Sentence Sheet
   …何を書くかを身体に尋ねる
  0 4 エ ジ ソ ン ・ ノ ート Edison's Notes
   …発明王はここまでやる、1300 の発明をもたらした 3500 冊
  05 ノンストップ・ライティング Nonstop Writing
   …反省的思考を置き去りにする
 第2章 偶然を読む
  06ランダム刺激 Random Stimuli
   …偶然をテコに、枠を越える最古の創造性技法
  07 エクスカーション Excursion
   …手軽に大量のアイデアが得られる発想の速射砲
  08 セレンディピティ・カード Serendipity Cards
   …幸運な偶然を収穫する
  09 フィンケの曖昧な図形 Finke's Ambiguous Parts
   …創造性の実験から生まれたビジュアル発想法
 第 3 章 問題を察知する
  10 ケプナー・トリゴーの状況把握 Situation Appraisal
   …直観を思考のリソースにする、懸念の棚卸し法
  11 空 間 と 時 間 の グ リッド Space/Time Grid
   …異なるスケールを探索し、問題とその兆しを察知する
  12 事例-コード・マトリクス Cases/Codes Matrix
   …質的データを深掘りし仮説を見出す
 第 4 章 問題を分析する
  13 P.K. ディックの質問 P.K. Dick's Question
   …常識と日常を叩き割る最凶の問いかけ
  14 なぜなぜ分析 Ohno Method
   …トヨタ生産方式を産んだ「カイゼン」由来の思考ツール
  15 キプリング・メソッド Kipling Method
   …5W1H という万能思考
  16 コンセプト・ファン Concept Fan
   …水平思考の開発者による、思考の固着を剥がすスクレイパー
  17 ケプナー・トリゴーの問題分析 Problem Analysis
   …why(なぜ)を what/when(いつ何が)に変換する
 第 5 章 仮定を疑う
  18 仮定破壊 Assumption Busting
   …発想の前提からやりなおす
  19問題逆転 Problem Reversal
   …発想の狭さを自覚させる簡易ゲージ 
第II部 1から複数へ
 第 6 章 違う視点で見る
  20ルビッチならどうする? How would Lubitsch have done it ?
   …偉大な先人の思考と人生を我がものにするマジックフレーズ
  21 ディズニーの 3 つの部屋 Disney's Brainstroming
   …夢想家ミッキー・実務家ドレイク・批評家ドナルドダックで夢想を成功に結びつける
  22 ヴァーチャル賢人会議 Hall of Fame
   …発想法の源流にまで遡る、方法としての私淑
  23 オズボーン・チェックリスト Osborn's Chechlist
   …ひらめきを増殖させるアイデア変形の十徳ナイフ
 第 7 章 要素を組み合わせる.
  24 関係アルゴリズム Crovitz's Relational Algorithm
   認知構造の深い部分で働くメタファーの力を賦活し利用する
  25デペイズマン Dépaysement
   …シュルレアリストが駆使した奇想創出法
  26 さくらんぼ分割法 Cherry Split
   …軽便にして増減自在の、新世代型組合せ術(アルス・コンビナトリア)
  27 属性列挙法 Attribute Listing
   …潜在的な記憶宝庫を賦活化し使い倒す
  28形態分析法 Morphological Analysis
   …鬼才天文学者が開発した悉皆的発想法
 第 8 章 矛盾から考える
  29 モールスのライバル学習 Morse learns the enemy
   …あえて避けているところはないか? そこに探しているものはないか?
  30 弁証法的発想法 Dialectical Thinking
   …矛盾は汲めど尽きぬ創造性の源泉
  31 対立解消図(蒸発する雲) Evaporating Cloud
   …組織/社会の問題から個人の悩みまで、対立/ジレンマを解体するスキナーナイフ
 第 9 章 アナロジーで考える
  32 バイオニクス法 Bionics
   …何十億年の自然淘汰が磨いた生物の持つすぐれた「知恵」を我がものにする
  33 ゴードンの4つの類比(アナロジー) Gordon's Analogies
   …問題解決過程の録音と分析から抽出されたシネクティクスの中核技法
  34 等価変換法 Equivalent Transforming Thinking
   …アナロジー発想法の最終到達
  35NM 法 T 型 NM Method T type
   …4 つの質問で自分の中のリソースを違うやり方で読み出す、アジャイルなアナロジー発想 法
  36 源内の呪術的コピーライティング Gennai's Branding
   …世に呪術(まじない)の種は尽きまじ
  37 カイヨワの〈対角線の科学〉 Science Diagonale
   …分野の仕切りを貫通する、最も長い射程を持つアナロジー法
 第 10 章 パラフレーズする
  38 シソーラス・パラフレーズ Thesaurus Paraphrase
   …類語辞典を発想の支援ツールにする
  39 タルムードの弁証法 Dialectcs of the Talmud
   …すべてを失ったユダヤ人が生きのびるために開発したテクスト解釈法
 第 11 章 待ち受ける
  40 赤毛の猟犬 Rolling in the grass of ideas
   …アイデアの原っぱで転げ回る
  41 ポアンカレのインキュベーション Poincare's Incubation
   …すべてはここからはじまった、発想法/創造性研究の源流
  42夢見 Dream works
   …夜の眠りを味方につける

 

 前掲のブログから拝借した目次一覧。
 これだ、これが欲しかったんだ。もちろん初読で技法名だけを読んでもわからないものだらけだから仕様がないが、いちど通覧したあと目次に還る…すると素晴らしい景色が待っている。
 「0から1へ」と「1から複数へ」という二部構成もさることながら、各章の「自分に尋ねる」「偶然を読む」「問題を察知する」「問題を分析する」「仮定を疑う」「視点を変える」「組み合わせる」「矛盾から考える」「アナロジーで考える」「パラフレーズする」という分類も見事で、これほど適切に整理されたアイデア本が他にあるのだろうかという気さえおこる。
 さらにこの下に「バグリスト」だの「フィンケの曖昧な部品」だの「キプリング・メソッド」だの「タルムードの弁証法」だのの技法名が記してある。くるぶしさんらしい収集癖というか執念というか妥協のなさというか、ひとつひとつの技法をネーミングしてくれている。
 名前がついていることで身につけやすくなっているし、再現しやすくなっている。この手のアイデア本は、再現するのがストレスで結局うまくいかずに挫折してしまう――最終的に知識が実践へとつながっていかない――ことがあるのだが、くるぶしさんは、そんな下品な挫折は認めない。この端正な〈命名+整理〉だけでも1,700円は安い。おそらく作者の労力に見合っていない。
 加えて人文学とのつながりを意識した「発想法の個別の背景」が必ずひとつひとつ語られている。一読でわかるよう書かれているので再読時には邪魔なのだが、再読せずに目次だけ読めばいいようになっているところに尋常ではない配慮を感じる。
 目次というのは、読むところと読まないところをあらかじめ分けるためにあるようなものだと思っていたが、全部を読んだあとにようやく価値が現れる目次というのは、これが初めてだ。
 そんな知的オーバーアチーブを見せつけられ、それでも「当然でしょう」というくるぶしさんのすまし顔が思い浮かぶ。これぐらい知的なのって当然のことなんですよ、と分厚い大全で殴られる。(もちろんそんなことは書いてなく、ぼくの妄想の域を超え出ない)

実践してこそ価値がある――本書は、理解の書であると同時に実践の書でもある。これは、本書のテーマである発想法の本質に由来する。この技術の理解は、本質上、実際に使ってみることを通じて得られるからだ。(…)正しく論を組み立てることも、構想を広げ、また現実化することも、まず〈考え〉を始めることなくしては、成り立たない。p.7

 知的なのは当然だから、やろうね。
 読点か、びっくりマークか、音符マークか、あるいはハートマークか、どれを付けるべきかわからないが、くるぶしさんの語りには、いつも「やろうね♡」が 挿し込まれている。読むのが疲れる黄色いページでさえも、「(ダラダラ読んでねえで機は熟してんだから)やろうね♡」のトラップなのではないかと邪推してしまうほど、各センテンスの裏地に貼り付けられた「やろうね♡」を感じる。
 ビジネス本と人文書はつながっているというのは、まさにこのことなのかとひとりで妄想的に合点する。実践だ、探求だ、ぼくらは「知る」ことに躍起になって「やる」ことを忘れてしまいがちだ。

いまたまたま君が知識をもっていないような事柄があったとしても、――ということはつまり、思い出していないということなのだが、――心を励ましてそれを探求し、想起するようにつとめるべきではないか?(…)ひとが何かを知らない場合に、それを探求しなければならないと思うほうが、知らないものは発見することもできなければ、探求すべきでもないと思うよりも、我々はよりすぐれた者になり、より勇気づけられて、怠けごころが少なくなるだろうということ、この点については、もし僕にできるなら、言葉の上でも実際の上でも、大いに強硬に主張したいのだ。
――プラトン『メノン』

 かつてソクラテスは「まだ知らないということは、実は思い出していないだけ。だからがんばって思い出すよう探求しような」という想起説を語った。探求のパラドックスがなんだっていうんだ――《よくわからないものを探求する》のだ。既知とか未知といった枠組みから外れた不完全なものを探求する。
 くるぶしさんが「あえて間違えて考える方法」という言いかたをしたのは、ぼくらの探求すべき対象の、それ自体の不完全さを仄めかしているのではないかと思う。「アイデアを評価するにはあらかじめ用意しておいた正解と比較する方法がとれない」(p.7)というアイデアの採点不能性に言及しているところが頼もしい。
 正答とか誤答とか、既知とか未知とか、そういう枠組みを取り去って、探求してみればいいんじゃあないか、四の五の言わんとまずやりはったらええんとちがいますか、そういう励ましかたをしてもらえると、勇気がわいてきて、怠けごころもすこしはマシになる。
 ビジネスと人文というのはあくまでコンセプトだが、なるほど、やってみないことにはわからない――そしてやらずに排斥され続けてきた――大事なコンセプトなのかもしれないと思った。
 混沌で起動すること。電源を混沌すること。そのための、本。ビジネス本だが、10年後も読めるといいな。

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イラスト:富永三紗子
デザイン:河村誠
発行者:太田宏
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