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ケルクショーズ・イリヤ(Quelques Choses - il y a)

らららぎの思想の河床。記事まとめ▶ http://chatte.hatenablog.jp/entry/2017/03/05/011325

日本を旅行するリョコウバトの逆さまさ

「Once upon a time, an odd-character Passenger Pigeon ― oh, it's me, haha ― was flying and wandering over Pacific Ocean since he had an-always-bad-sense-of-directions. But there was the one thing, like, he was surely sure ― hopefully almost into Japan. He had ever........ええええええーい! ここからは英語じゃない! もうすぐ日本なら、もう郷に入ったも同然だよね! もうゴールしてもいいよね、美鈴ちんてへぺろ、なんちゃって、というわけで、ぼくはいまジャパンのオーラがするほうに向かって飛行中。やっぱり時差を肉で感じるね。まさかの早朝だったよ。手羽先冷え性だから、けっこうきついかも。それでたぶんあとニ分もしないうちに羽田に着くかな、鳥だけに羽の名前のつくほうまで行っちゃうっていうね。成田ファーストでええやんっていうツッコミは、はいはいリジェクトリジェクト。滑らないジョーキングは滑走路において障害でしかないからほどほどにして、迷子なんです。あんまり仲良くない群れでなんとなく飛んでて、まさかこうしてはぐれたのは不幸中の災難だったけれど、日本に来られたのは災難中の幸いだったかなって思う。ハトキャスするつもりなかったんだけど、ロングフライト結構さみしかったし、テクニカルランディングするたびにひとりでバーボン飲むのは、ちょっとコナンを思い出して、ぶわってなるじゃん。ならないか。そんな感じで日本まで来てさ、もし日本のハトワーさんが視聴してたらワンチャン会えるかなって思って来ました。日本に着いたら変なもの食べたいな。お腹いっぱい。それにしてもなんか飛行中にひとりごと言ってるハトって思われたら、いやだなあ。アメリカのリョコウバトがぺちゃくちゃ喋りながら飛んできたよって思われないか心配。余所行きの毛並みにしてないし。ああ、管制塔が見えてきた。じゃあここで一旦切りますね、またポー」
 地表が真っ赤な星空に見えるのは、中高度赤色航空障害灯が、建物の位置をアナウンスしてくれているから。大空を自由に羽ばたいていると、地球の地面なんか泥水に思えてきて気にならなくなり、地表という遠い遠い場所まで何万光年もあるように思えるけれど、こうして実際に降下し始めたら最後、指数対数的に近づいてゆくような気がしてくる。ぼくは、上に向かってゆくときとおなじような気分で下に向かってゆくことはできない。ハトも人間も、もしかしたら遥か古代のプテラノドンも、原始的にそうだったのかもしれない。空は自由なのに、ぼくの感覚は、上下の等方性を剥離される。
「上は幸福、下は無幸福、それなーんだ」
 ぼくは、無幸福な方向に吹いている気流に乗った。
 開花した直後の花火みたいに、あどけない高揚感をキャンセルしながら、ぼくの心は真顔になってゆく。
 どこまでもどこまでも落ちてゆきそうで、むしろそのほうが具体的に自由な気がする。だけどぼくは意識していても意識していなくとも、うまく風を掴んで留まるのによさそうな場所を手に入れてしまう。
「旅行かね」
 凪に変わった風の通り道から、一匹のキジバトが降りてくる。
 羽田空港なんかにいたら、旅行しているリョコウバトだと思われて当たり前なんだ。
「アー、アイミン……」
「海外さんか」
「はい、合衆国から飛んできました」
「はあ、信じられん航続距離じゃな。メシは?」
「まだです」
「日本のコーンでいいか」
「ヤングコーンじゃなければ」
「コーンもヤングコーンも、なんも変わらんと思うんじゃが」
「なんか、食感です」
「アメリカンのくせして、繊細な舌を持っておる」
「ジャスト・プレジュダイス、偏見ですよ」
「うちにくればエンドウ豆、パンプキンシード、アワもヒエも、ヒマワリの種もあるぞ」
「でも……」
 外来種なのに、こんなに厚いなんて、旅をしないとわからないこともある。
「もうすぐ六時になる、ワシも食事じゃ」
「それならひとつお願いがあります」
「プリース、なんでも言ってみろ」
「イングリッシュできるんですね」
「かつて旅の途中にノース・ニューヨークに滞在していた」
「いいところですよね」
「ああ、そのときほんとうによくしてもらった。外来種のワシを、ちゃんとハトとして受け容れてくれた」
「アメリカンのあたまがおかしいみたいになってますね、文章が」
「めんどくさいやつじゃな、ワシっちゅうのは鷲のことじゃあない」
「ゴリ・ゴリ。これはゴリラのことじゃないですよ」
 老いた風情のキジバトは、ふざけた言語じゃ、と言って話を元に戻した。
 ぼくも微笑むのを控えめにした。
「とどのつまり、ワシにも恩義がある。逆に言えば、ワシにとって、旅人への振る舞いというのは、そのときもう決まってしまったんじゃよ」
「ヤングコーンがちょちょぎれる話ですね」
「さっき嫌いじゃと言っておったじゃろうが!」
「ちょちょぎれる分はワットエバ、食べない限りはドンウォーリ」
「キャッチコピーみたいに言わんでええ、広告代理店の飲み会か」
「で、ですね、中華料理を食べたいんです」
「はあ、日本に来てまで中華か。胸くそ悪いわ、ハトだけに」
「ナイスジョーク」
「あのオビオバトのクソババア、こういうときに使えと教えてくれたな」
「なんていう単語ですか」
「ホワット・ナンセンス・ユー・トーク・プレシャス」

 

 

 赤い壁、黒い床、なにかの意味を託された紋章、天井のランプは間接照明というものを履き違えたやりかたでもってカバーをかけられている。
 大きく貼り出されたメニューのことばはすべて油臭く、パーテーションのひとつもないフロアの、胡散臭い丸いテーブルを囲んでだれしもが黙々と食事をしている。
「これは」
「蓮華じゃな、蓮の葉が由来じゃが、ワシにはそうは見えん。バレんように歩け」
「どうしても首が前後に動きます」
「それはお前さんがデフォルトから設定をいじってないからじゃ」
「どうすればいいんですか」
「設定を替えるには、一度スタート画面に戻らにゃならん。いまはそんなことしている暇などない、わかるじゃろう」
「ナウ・スニーキング」
 首を振りながら言うな、と、老体が小言を始めた。
 大胆にもテーブルのしたを中継地点として通ってゆく。なるほど、これなら奥までたどり着ける。
 ハトの入れないゾーンに潜伏するというのは、とてもドキドキすることで、まるで秘境を探検しているときのような気持ちの高ぶりがあった。
 背もたれの穴が大きすぎるデザイン性の高いチェア。
 部屋の薄暗さに対して光らせすぎている観葉植物。
 チャーハンも、レタスも、あらゆる食べかすが、まるで仕掛けられた罠のように所構わず落ちている。
 基本、ぜんぶおいしい。
 ただ、イメージしていたのは龍だったのだけれど、この店には、逆さまになった「福」という文字が最も偉そうに飾られているだけだった。
「あの」
「なんじゃ」
「あれなんですか」
「福、という字が逆さまになっておる、旅ばっかしとらんと勉強せい」
「それぐらいわっかりますー! 理由をアスクしているんです!」
「ダオ・フー、倒れた福で、ダオ・フー」
「福が倒れても、いいことないのでは、常識的に考えて」
「……朝から思っておったのじゃが、日本のネットスラングが多いな」
インターネッツで日本語おぼえましたので」
「やめとけ」
 切実に、むしろ懇願するように、やめておいたほうがいい、ということを教えてくれた。
 やめないけど。
「話を遮って悪かった、ダオというのは、倒れると書いてもうひとつやって来るという意味にもなる」
「福がやって来るってことですね、ことば遊びみたい」
「好きか?」
「好きです、アナグラムとか」
「数学で言えば置換系のことか」
「置き換えるのは、楽しいです。群論もやりました、ルービックキューブが好きで」
「そのへんは、ようわからん。倒れるのがやって来ることだっていうのはわかるんか」
「なんとなく、上と下では、左と右では、意味も、世界も変わる気がします。逆さまの世界は、単に逆さまなだけじゃなくて、あの、アイミン、数学で言うところの非対称性というか、伝えるのはむずかしいです」
 キジバトのおじいさんは、なにも答えずに考え込んでいる。
 中華料理店の、いちばん端の空いたテーブル下で、ぼくらはよっぽど暇なことを考えていた。それは旅を旅にしてくれるあまりにひどい冗長性で、ひとと出会うということは、こうやって無理解をいなそうとし続ける退屈さなのかもしれない。
「空は、飛ぶのは好きか」
「はい」
「上に飛ぶときと、下に飛ぶときは」
「全く別です」
 なにかを噛みしめるように、渋いかおを上下に緩やかに振った。
「ワシもそうじゃな、上に向かっているときのほうが、なんとなく、具体的な気がする」
「上のほうが具体的、逆な気がしますけど」
「老いるってのは、そういうことかもしれん。逆さまに生まれてきたものが、また逆さまになって戻ってゆくプロセス」
 なにひとつ、ぼくにはなにひとつもわからなかったが、なにかの意味を経験した気がした。
 アメリカに帰ろうと思っていた心は、ふと、この倒福を、もっと知りたいという気持ちにうつりかわった。
 チャイナだ、チャイナに行かなきゃ。
「すみません、中国に行く用事ができちゃいました」
「そうか……」
 深刻そうな表情は、重みを増して、瞬間的に曇った。
 ことばを選んでいるときの表情、間のとりかた、厳しそうなアイコンタクト。
「ちゃちゃっと、行っちゃいな」
 ぼくの世界は、転倒した。倒れて、そしてやって来る。なにが? ギャグが。それもひどくひどくつまらないギャグが。
「面白いですね、じゃあ、もう行きます」
「中国に行くには、もっと西に行かなくてはならん。ここは風も強い。近いようで、遠い」
「西ですね、それだけわかれば充分です、ありがとう」
「ああ、グッドラック」
 ぼくらは店をあとにし、最後に羽を交換した。
 勢いよく飛び立つ。
 風に乗る。風はいつも味方だった。
 高く、もっと高く。そして、西へ。
「そっちは東じゃあああああ」
 そう言えばぼくは、方向音痴(さかさま)だった。

 

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妖怪三題噺「アジア 鳩 逆さま」

https://twitter.com/3dai_yokai

 

「アジア」が回収できなくて、80分かかっちゃいました><