ケルクショーズ・イリヤ(Quelques Choses - il y a)

らららぎの思想の河床。記事まとめ▶ http://chatte.hatenablog.jp/entry/2017/03/05/011325

ユニクロに向けられた文春砲の、たったひとつの卑怯な点

 かつて『ユニクロ帝国の光と影』を上梓して、名誉毀損として二億円を超える損害賠償を求められた横田増生さん。その後の雑誌インタビューで社長の柳井さんは「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。(…)アルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたい」とコメントする。そこで横田さんは、実際にユニクロ(新宿ビックロ店)に潜入してルポを書いた。そのルポが、いつも通り――これまで「ヤマト運輸」「アマゾン・ドット・コム」などに潜入――、二週に分けて『週刊文春』に寄稿された(指摘の12/8号・反論の12/15号)。

 「十一月二十七日日曜日、午後二時前に出勤すると、休憩室で女性が長机の一角に突っ伏しているのが目に入った」という一文で始まる。感謝祭セールで疲労しきったレジ部門の準社員を「高いテンションで売り場を仕切っていた彼女とは一八〇度違っていた」と表現する。

 年末の十一月と十二月だけで、年間の利益を稼ぐと言われるほど、ユニクロは年末に力を注いでいて、柳井社長も「そこで業績が決まる」と叱咤激励する。ビックロでは「十一月の売上目標の三分の一を七日間で稼がなければならない」らしく、この目標はかなり高い。それに伴う過労がどれほどのものかを調査しにいったはずなのだが、かなりおかしい箇所がある。

 

では肝心のユニクロが裁判で争った労働環境はどうなったのだろう。(…)店長であっても、週に二日は休みが取れているようだ。以前は出ていなかった残業手当も、現在では店長にも支払われている、と現役のユニクロ社員は証言する。(…)ユニクロ側の労働時間に関する意識も随分と高くなったのだろう。私が、休憩時間を十分切り上げて売り場に出ようとすると、指示を出す担当者が飛んできて、「あと十分休憩を取ってください」と言って、休憩室に追い返された。(12/8)

 

感謝祭最終日もレジ列はほぼ途切れることがなく、私はただただ目の前の客の商品を会計していく。(…)六時を過ぎた頃だっただろうか。休憩が「十八分押します(後ろにずれる)」と聞き、平常心を保つのに苦労した。(…)やっと休憩時間となって、休憩室に戻ると、体が緊張したためか奥歯をかみしめすぎ、顎が痛くなっていることに気づいた。閉店に近づくにつれ、疲労がどんどん蓄積していく。時間がたつのが遅く感じられる。時計を見る合間もないので、レシートに印字された時間で確認するが、一人会計を終わらせても一分しかたってない。閉店時間の十時を過ぎても客は途切れない。結局、十時半近くまでレジ作業を続けた。それが終わるとすぐ売り場に出て、商品整理が始まる。その夜、私は割り当てられたソフトタッチクルーネックTシャツやソフトタッチVネックTシャツをひたすら畳んで、棚にきれいに入れ直した。上がりの十一時半になっても、売り場は荒れたままだった。いつもなら、私から社員に「残りましょうか」と声をかけるところだが、この日、その気力は残っていなかった。(12/15)

 

 なぜ「十分切り上げて売り場に出よう」としたのか、書かれていない。そのサービスは強制されたものではなく――むしろ拒否されたわけだが――、横田さんがみずからやったものである。感謝祭の「酸素ボンベが必要なくらい」忙しいレジの同僚のことでも思ったのだろうか、それはわからないがじぶんがサービスで出ることをよしとする「なにか」が彼にあったと言える。

 また感謝祭の最終日の話のくだりで、「いつもならじぶんから残ろうかと声をかける」と白状している。高い目標を設定して、アルバイトも社員もそれに向かって最大限の努力をしている職場では、こういう独特な絆――無理難題に思える課題をみんなでクリアしたときの莫大な達成感、あるいは高い志を共有した者同士の日々の慰労――が生まれるものである。サービス残業をブラックとしながらも、みずから十分サービスしようとしてしまったり、頼まれてもないのに過労してしまったり。それが「善い」か「悪い」かというのは、もはや他人に判断できるものではない。

 横田さんは、それについてなにも書かない。ただひたすら、ユニクロの目標、人手不足の現状、過酷な労働、人事の不手際、売り上げ低下の敗因考察などを記してゆく。それはとてもずるいことだと思う。書かれていたことがすべて事実だったとしても、公平性を置き去りにしたルポの説得力は、ほとんど失効していると主張したい。

 一年をかける試みや、実情を記そうとする横田さんの熱意、二週に分けて出版業界を活気づかせた週刊文春、どれもこれも尊敬に値するし、すばらしいものだと思うが、今回の「文春砲」は、上記の理由から、ぼくの心に空砲として響いた。

 最後にお気に入りのくだりを引用して終わる。

「感謝祭は、絶対的に人手が足りないんです。このままでは、正社員や準社員はほぼ毎日、十二時間近く働くことになります。心が弱い子だと心が折れてしまうんです。少しでも出勤協力してください」社員の顔は悲壮感に満ちていた。他の社員なら断ったかもしれない。ただ、その社員は、アルバイトにも丁寧に接し、言葉を荒げることもない人格者だった。本当に困っている様子に思わず了解し、あと二日、つまり七日中五日出勤することになった。ただ、五十歳を過ぎた体に感謝祭勤務は厳しい。決まった後に激しい後悔の念に襲われた。しかし、社員の要請をきっぱりと断るアルバイトもいた。中国からの留学生の二十代の男性は、感謝祭中の木曜日の夜のピーク時、女性社員から「延びれる?」と聞かれ、「いいえ」ときっぱり断っていた。(12/8)