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ケルクショーズ・イリヤ(Quelques Choses - il y a)

らららぎの思想の河床。記事まとめ▶ http://chatte.hatenablog.jp/entry/2017/03/05/011325

いま現在の、ぼくなりの、恋バナ――「好きなんだから仕様がない?」

「けれども私は、そのころすべてにだらしなくなっていて、ほとんど私の身にくっついてしまったかのようにも思われていたその賢明な、怪我の少い身構えの法をさえ持ち堪えることができず、謂わば手放しで、節度のない恋をした。好きなのだから仕様がないという嗄れた呟きが、私の思想の全部であった。二十五歳。私はいま生れた。生きている。生き、切る。私はほんとうだ。好きなのだから仕様がない。」(太宰治『ダス・ゲマイネ』)

 

 2014年11月に『好きな人という多義的で独特な言葉に寄り添って』("amimedia vol.1" 収録)という評論を書いたところで、ぼくのなかで「好き」は解体されてしまったと思う。この二年間で再構築できたかどうかは極めて怪しく、四人からいただいた告白も、「好き」へのためらいから受け容れ困難になってしまい、返上となってしまった。(近所の公園の片隅で密着しながら愉しそうに話している高校生を見て、そんな自虐風自慢をしていてもしかたないと自戒する。)
 ぼくにも好きなひとはいる。いや、説明が面倒くさいから「好きなひと」と便宜的に他称しているだけであって、ほんとうはそうじゃないのだけれど、とにかく好きなひとがいる。ただぼくがその子を「好き」と思うたびに、「なぜ恋愛関係になれると思い上がっているのか」という問いが漂着してくる。
 恋愛というのは、妄想のなかで構造化してゆく。こんどはあそこに行きたいなあって気軽に想像して、そのとき着ているであろう服とか、そのとき話しているだろうトピックとか、そのとき交わしたであろう約束とか、そういう妄想がイメージとして構造化してゆく。
 妄想とか、筋書きとか、理想像とか、不埒な計画とか、夢想の甘い見通しとか、みずからのワンダーランドが産業革命をおこして、とりとめのないイメージは劇場化してゆき、病的な思い、脚色された希望、虚像の空想に当て込まれた現実の都合の良さが、「好き」を加速させてゆく。そういった大言壮語のチャレンジ精神が、あまりに若すぎて、老いたぼくの随感をいためつける。
 街がクリスマスになってゆく。「好きなんだから仕様がない」という嗄れた呟きが、街中から聞こえてきそうで、辟易とする。「解体」とか「分析」とか「自問」とか「反省」とか「構造化」とか、そういうところから目一杯はなれたところで、男女は互いの妄想世界からキスを取り出す。プレゼントを交換して、浮かれた気分でキスをする。好きなんだから仕様がない。好きなんだから仕様がないじゃないか。
 『ダス・ゲマイネ』には二重の意味があると言われていて、ひとつはドイツ語の「das Gemeine」。ただ「Gemeine」はもともと形容詞で、このあとに「Leben」(人生)みたいな単語が来るような気もする。もちろん「das Gemeine」だけでも「いやらしいやつ/低俗なひと」みたいな意味になるから、どちらかはわからない。
 もうひとつは、太宰の出身地の津軽弁「んだすけ、まいね」(だからダメなんだ)と言われていて、たしかに主人公が自殺するとき「頭がわるいから駄目なんだ。だらしがないから駄目なんだ」と言い残す。
 なるほど、ぼくは"ダス・ゲマイネ"なのかな、って、自意識に太宰が侵入してくる。クリスマスも、バレンタインデーも、なんとなくそわそわしてみるものの、なにかがあったら面倒だな、というやりかたでもって「イメージを構造化」している。あえて命名すれば「やれやれ系こじれクズ」とか、「自己分析系やれやれシンドローム」とか、そのあたりなのかもしれない。
 だから、おもしろいことに、いまぼくの「好きなひと」――百個くらい註釈いれたいところだけれど、とりあえず「好きなひと」――は、ぼくの気持ちから遠いところにある。さすがにテレビの向こう(アイドル)とか、あちらの次元(アニメキャラ)には恋していないけれど、そうじゃないところの遠いところに「設定」した。いや、遠いからこそ「安心して」好きになった、と言えるかもしれない。
 すくなくともそういう計算とか略図でもって、ダス・ゲマイネなりの恋愛を展開中である。でもやっぱりね、未練というのがいちばん「遠い」ところにあって、未練に恋する瞬間のほうが多い。二度と抱けない女の幻影は、イメージとことばでもって、どんどん多重構造になってゆく。
 もし次、だれかと付き合うとすれば、そういう構造を破壊"してくれる"ひとになるのだろうけれど、「してくれる」で好きになるのはちがうんじゃないかと、二年前に分析したんだったね。
 ああ困った。
 太宰さん、ぼくも二十五歳になったんですけれど、上書き保存って、どうやってやるんですか。